NO FLIGHT,NO LIFE

好きなことで生きていく

「自由に生きよう!」なんて別に思わなくていい

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え~、僕はどっちかって~と「自由に生きようよ」的なスタンスなんですが、、、

「自由に生きようぜ!」的な文章をたくさん見すぎると、内なる天邪鬼が発動して別のことが言いたくなってしまいます。

 

関西人が突っ込みを入れたくてしようがないアレです。

なので深イイ話ではないです。

自由に生きても生きなくても自由な話

日本人なら大抵の人は自由選択で今の生活にたどり着いている

そもそも「人間は自由に生きている」というのが僕のスタンス。

だから「自由に生きよう!」なんて別に思わなくていい

  • 人の目を気にするのも自由だし
  • 人の目を気にしないのも自由

友達の目とか

同僚の目とか

世間体とかモロにそう。

 

僕も以前は自分のやっていることが好きな仕事じゃないとか、今の条件じゃ仕事が選べないとか思ったりもしましたけど、そこまでに至る経緯は自分の好きなように選んできたはず。

親が、先生が、上司が・・・・

そう思うのも自由。

 

  • 自分が不幸と思うのも自由
  • 自分が幸せだと思うのも自由
  • 自分が自由って思うのも自由
  • 自分が不自由って思うのも自由

自由なんですよ。

 

だから「自由に生きなくちゃ」って無理に考えて

なんだか毎日しんどくなるのはなんか違うと思う。

「ちょっと不自由だけど幸せ」でいいと思うし

完全に物理的に自由な状態なんて、生身の人間でいる限り無理な話だと思います。

自由を求めるのも人間の性

「そんなこと言ったって結構不自由さを感じるし、自由に生きたい」

って、そうなんですよ。

自由なハズなのに、なんでなんですかね?

 

冷静に考えてほしいんですけど、僕ら日本に住んでる人って世界の中では相当自由な民族だと思いませんか?

 

例えば

  • 「カースト制度のもとに生まれた」とか
  • 「ぼく奴隷です」とか
  • 「じつは囚人でして」とか

もうほんとにどうしようもない状態なら

「思考と反応だけをコントロールすればいいです」という話になります。

けど

日本に生まれて、少なくとも自分でPCやスマホを所有していてネットを見られる環境なら、ある程度身の回りのコントロールはできますよね?

 

なんでそれができないのか?

なんでできないと思ってしまうのか?

 

それは「自分が信じられない」からです。

心理的限界

自分が信じられないから

自分がいま生きてる方法と違う生き方があるとは思えないし、

知ろうとしないし、知る努力もしない。

 

でも本当は、自分で知ろうと思えば知ることができるし、今縛られている状況から抜け出すこともできる。

 

あなた自身の力で。

簡単に。

 

でもかたくなに

「そんなことありえない」

「絶対にそんなことありえない」

って、あなたは言うでしょう。

 

こんな話を聞いたことはないですか

 

ノミとコップの実験

体長数ミリしかないノミのジャンプ力は1~2mあると言われています。

そのノミにコップをかぶせてしばらくすると、コップの高さにしかジャンプしなくなります。

その後、コップをとってもそのノミはコップの高さまでしか飛ばなくなります。

もっとはるか高くまで飛ぶ力があるにもかかわらず。。。

 

ゾウとロープ

ゾウは子供のころから杭にロープでつないでおくと、自分はロープから逃げ出せないことを学習します。

その後、ゾウが大きくなっても、小さな杭とロープから逃げ出すことができなくなります。

杭を簡単に引き抜く力がついているにもかかわらず。。。

 

そして人間

人間は子供のころから

「そんなの無理だ」

「できるわけがない」

「危ないからしてはいけない」

「それは恐ろしいことだ」・・・

あらゆる言葉で、時には体罰で「心理的限界」を叩き込まれる。

その後、無限の可能性があるにも関わらず、過去の記憶や未来への恐怖から逃げ出せなくなる。

 

そう、僕らは「ノミ」であり「ゾウ」なんですよ。

 

そうだとしたら

飛べなくなったノミは

逃げ出せなくなったゾウは

一生そこで不自由に暮らし続けて、死んでいくしかないんでしょうか?

あなたはどう思いますか?

 

助けてあげたいと思いますか?

 

「自分自身」を

 

助ける方法も分かっています。

飛べなくなったノミの群れにコップを知らないノミを加えることです。

逃げられなくなったゾウと自由なゾウを合わせることです。

 

今は昔、人間は100mを10秒以内で走ることができないと学者が言い切っていました。

今はどうなったでしょう?

特に僕らの世代はカールルイスが100mを9秒台で走り抜けたことを思い出すんじゃないでしょうか?

カールルイスが活躍した1980年代は、実に6人も100mを9秒台で走っています。

それからは世界中に100mを9秒台で走る選手が現れました。

先日、陸上選手の桐生祥秀さんが日本人初の9秒台を出したことで話題になりました。

きっとこれから日本人でも9秒台で走る選手が続出するでしょう。

自由を求めたいなら求めればいい

日本に生まれた僕らは、ノミやゾウほど不自由でしょうか?

自分よりちょっと自由な人に会いに行けないでしょうか?

話だけでもどうでしょう?

メッセージは?

 

・・・

じゃあ、ブログでも見て回りませんか?

若くても、年を取っていても、素敵な生き方をしている人はたくさんいます。

歴史本や伝記を読むのもいいですけど「今を生きている」人の物語を感じる方が、あなたを繋ぎとめている杭やロープが何の力もないことに早く気が付くことができると思います。

 

そして、そのことに気づいたら

ブログ、書きませんか?

ツイッターでもフェイスブックでもいい。

 

別に立派なことは書かなくていいから

今の自分を吐き出してみませんか?

 

良かったら

「これが俺の想いだ」

「これがわたしの想い」

みたいなブログ書いたら教えてください、見に行きますね。

 

そしたらたぶん、あなたがコップから飛び出せる人か、飛び出せない人かがわかります。

飛び出せる人は「そうなんだ~やってみよう~♪」って書くでしょうし

飛び出せない人は「自由なのはあの人だからだよ!」って書くでしょう。

隣に自由な人がいたとしても、自分で壁を作ってしまえばそれまでだからです。

 

でも、いいんです。

人には「時期」ってもんがあるんです。

人より早くてもいいし、遅くてもいいし、同じでなくてもいい。

 

「自由に生きる」ことが正解ってわけじゃないから。

 

www.takapiece.com

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