ぼくには今、
「こころざし」
が必要だと思っている。
おじさんが人生を変えるには
習慣を変える必要がある
って書いたんだけど。
人生を変えるには
もっと根本的なコトを
意識しないとうまくいかない。
それが「こころざし」だ。
志を立てる
「こころざし」
なんか凄そうだけど
ようは人生の目的。
じゃあ「目的」でいいじゃん。
ってなりそうだけど、ちょっとちがう。
「こころざし」は「こころ」が入ってる。
そこがちがう。
たくさんの人が
「目的」をもって生きている。
でも、なんかちがう。
思うようにいかない。
なんかしんどい。
「人生が思うようにいかない」
ってのが気になるのは
結局「こころざし」がないからなんだなー、
と思う。
自分の目的には「こころ」がないな。
たぶん、いま
「しんどいな」っと思ってる人は
みんなわかってんだよな。
- スポーツ始めたらめっちゃハマった
- 好きなゲームがやめらんない
- 旅に出たくてしょうがない
- 絵を描くのが無性に好きだ
- 歌を愛している
- 映画を見るのは最高だ
- 山がオレを呼んでいる
- ・・・
そう、
どうしてもやりたいことがあったら
はずかしい
とか
うまくいくの?
とか
思うようになるのか?
とか
そんなのどうでもいい
どうでもいいから
とにかくやりたいんだ。
どうしてもやりたいこと
のとなりには、
やりたいことを「愛するこころ」がある。
目的と愛するこころ
が、合わさったものが
「こころざし」
なんだと思う。
志が自然にできないなら
「こころざし」って
ひとによっては、自然に生まれるもの。
- 子供のころからの夢でした
- あのことがきっかけで
- 自然な流れでいまがあります
という人がたくさんいる。
でもね、
もっとたくさんのひとが
「こころざし」なんて
自然に生まれない。
すくなくとも、ぼくはそう。
ぼくには
やりたくてしょーがないことが
いっぱいあった。
でも、
いままでいっぱいいっぱい
止められた。
- やめなさい
- 無理だ
- 危ない
- 危険だ
- おかしい
- 変だ
- はずかしい
いっぱいいっぱい
あきらめてきた。
止められなかったり
あきらめなかった人は
凄い。
ぼくは・・・
凄くない。
いっぱいいっぱい
止められて
いっぱいいっぱい
あきらめて
知らないあいだに
「どうせ無理だよ」と
こころの声がささやくように
なってしまった。
だったら
自然に生まれないなら
「志を立てる」
しかないじゃない?
志を立てるってのは
愛するものは
自分で決める
ってこと。
自分の信じるものくらい
— だんちょー@空の上 (@takapiece) 2020年3月25日
自分で決めな!
ファイナルファンタジー15で
仲間と共に戦うべきか
苦悩するプロンプトに
アラネアが放つ言葉が
胸に刺さる。
人からどう思われるのか
恐い
じぶんがどうしたいのか
わからない
そんな時
聴いてくれ。#FF15 #アラネア#ジブンらしくいこう pic.twitter.com/EqlTkGrrZH
だと思う。
#ジブンらしくいこう